知識ゼロ社畜の営業マンが年収20億円を目指す経営者に出会って人生逆転した物語


はじめまして、ヒカリです。


この記事では、

朝9時から夜10時まで働いていた元人材会社の営業マンがうつ寸前&人間不信になりながら「私の人生このままでいいのか?」と3年間悩んだ末にリクルートグループを退職し、人生を本気で変えたいと決意してカナダ留学に行ったら年収20億円を目指す経営者と出会い、気づいたら人からたくさん感謝されるようになって、面白いビジネス仲間が増えて、一度きりの人生を本気で楽しんでいくヒカリの物語です。


ここでは自己紹介も兼ねて、
どこにでもいるような社畜の営業マン
なぜ自由な起業家になれたのか?
という話をしていきたいと思います。



物語に入る前に
私がどんな人間かをざっくり話すと、


・知識ゼロ&人脈ゼロの状態から収益の自動化を作る
(1ヶ月目→5万、2ヶ月目→10万、6ヶ月目→40万)


会社に雇われずに仕事はどこでも出来るため、自宅・カフェ・旅行先で完結する


20代で数億円を稼ぐ実業家と出会い、価値観が崩壊する


・月1000万稼ぐアフィリエイターやビジネス経験がまったくない会社員や主婦の人たちにビジネスを教えている


海外旅行が好き、今まで行った国は約20ヶ国


月曜日の昼間から友人とお酒を飲んだり、六本木の会員制バーに行ったり、好きな時においしいお酒とご飯を楽しんでいる


・本を読んだり、アニメや映画を見て学んだり、知識がどんどん増えていくのが楽しい


10年以上働かずにバリ移住する自由人や高級ホテル暮らしするホームレスなど、知り合いがぶっとんだ異人ばかり


と、いまではこんな感じです。



一方で、
過去の私がどんな人間だったのかも
話をしておくと・・・・


中学の成績はオール3のごくごく普通の学生で、勉強するのが大嫌いだった


・「サーバーって何?」ってぐらいIT知識はまったくなかった(今もなし)


とりあえず3年を信じて会社で働いてみたけど何も変わらなかった


ずっとやってきたバスケは試合に出られなくてクソ悔しい思いをした


・人に自信を持って言える自分の強みがなかった


・デブで女性らしさゼロで大学デビューに失敗


・周りに合わせる八方美人の性格で自分の素を出すことが出来なかった


・仕事が辛すぎてTwitterに疲れたアピールする痛い女子



という感じで、


内心では「自分はできるんだっっっ。」
と思っていても、
それを発揮できずに劣等感を抱いたり、
悔しい思いもたくさんしてきましたが、

今では最初に挙げたような
日々成長できる刺激的で
楽しい人生を送っています。


このブログのコンセプトは、

「自分の人生に妥協せずに、自分と周りの人生の充実度を上げること」です。


世間の常識がどーだとか、
上司とか、先生とか、
親とか関係ないです。

時間は有限であって、
自分の人生なんだから、
そこは絶対に妥協するべきじゃない。



私はいろんな人に批判されて
たくさん悔しい思いをしてきましが、
周りの意見なんて
マジで知ったこっちゃないです。



ビジネスの世界でも、
スポーツの世界でも、
芸能の世界でも、
職人の世界でも、



本当の成功者は人の挑戦を
笑うことは絶対にしません。



だから周りなんて気にせず、
自分がやりたい挑戦をすればいいんです。


こんな想いがあって、
悔しさと葛藤を抱えてきた
過去の自分に向けてエールを送っています。

だから、サイトのタイトルを
『ヒカリのエール』とつけています。



では、そろそろ物語のはじまりです。

この物語では、

私がなぜ大企業を辞めてビジネスの道に進んだのか?

どのようにして人生が逆転していったか?

を話していきます。



自分をきっかけに働く人を元気にしたい!→うつ寸前&人間不信



結論から言うと、

私がビジネスをはじめようと
思ったきっかけは、
仕事が辛かったからです。




前職はリクルート系列の
人材会社の営業マンとして、
求職者と求人する会社を
マッチングさせる仕事をしていました。



簡単にいうと、

求人する会社が
「〇〇経験がある人がほしい!」

と言えば、
その候補者に合う人を紹介したり、


「年収〇〇のこんな会社で働きたい!」
っていう求職者がいたら、
その希望に合う会社を紹介する。


といった仕事をしていました。



仕事という人生の大きな転機に
自分が関われるところに
キラキラした魅力を感じましたが、


現実は・・・・



超きつかったです。



就業スタートした就業者が一日で
辞めたいと言い出すのもしょっちゅうで、

働くことが決まったのに
就業開始日に会社に来ないで
ドタキャンする人もいました。


当然、こんな事が起こるたびに私は、
企業にむちゃくちゃ怒られて
謝罪しなければいけませんでした。

自分の会社側からすれば
契約が取り消しになるので、
社内でも上司から怒られていました。



私、悪くないじゃんーーー。泣

人間がなに考えているかなんて、
全部わからんっっっ!!!!


人材会社で働いている人なら
超共感するネタだと思いますが、

人材トラブルは精神的にマジやばかった。


この他にも、
仕事終わりの遅い時間や休日に
就業者から電話がかかってきて、


「今の就業環境に不満がある」
「業務を教えてくれている人と合わない」
「明日会社に行きたくないんですけど」

などといった、
愚痴の連絡が来るのも日常茶飯事でした。


「私も明日会社行きたくないっっっ!」

と、こっちが吐きたくなりました。笑



就業が決まり仕事が開始する前までは
めちゃニコニコしてて良い人だったのに、
数週間後にカフェで
職場の相談にのっていたら、

「私もう辞めますから!」


といきなり山手線のホームに向かって
走って逃げて行った人もいました。笑


人々の人生の
約7割を占める仕事に対して
私をきっかけに

働く人を元気にしたい!


これが前職に入る志望理由でしたが、
人を元気にするどころか、
私がどんどん元気を失っていきました。


人が好きだったのに、
人間不信になっていきました。


社内では、一方的に理不尽な態度で
怒鳴ってくる上司がいたり、
生産性が一つもない
社内の板挟みに遭ったり、

入社当時に描いていた
理想と現実にギャップを感じていました。

で、結果的に、
仕事を楽しいと思わなくなり、

身も、心も、時間も、お金も、
自分でコントロールできる仕事がしたい

と思うようになりました。


だから、自分の力で稼いでいける
ビジネスをしたいと思いました。



リクルートを目指した理由~小中高の悔しかったバスケ人生&大学~



そもそもなぜ私が
大手リクルートを目指したかというと、

それは私のバスケ人生を
振り返る必要があります。


小学2年の頃、私は兄弟の影響で
バスケットボールを始めました。



当時は、内向的な性格で
とにかく泣き虫だった私は、
試合中にボールが頭に当たっただけで
大泣きをしてしまう子でした。

学年が上がっていくにつれて、
バスケの技術も上達していき、
昼休みには男の子たちにまざって
ドッチボールをするくらい
活発な女の子になりました。

最上級生の時にはスタメンを勝ち取り、
市でまあまあ強いレベルまで行き、
チームに貢献することができました。

中学は近所の中学校ではなく、
監督の推しもあって
バスケの強豪校に行くことになりました。



しかし、
この中学校の選択がこれからの私の
バスケ人生にとって厳しい道になることを
この時は思ってもいませんでした。


その中学校は、
関東・全国の常連校だったため、
そこには小学校時代に
注目を浴びていた選手たちが
ゾロゾロといました。



「あれ、どこどこのキャプテンじゃん。
うわ、どこどこのエースもいる。」



新入生を見ても、先輩を見ても、
見たことのある有名な選手が
その中学校にはたくさんいました。

一年生の時は、
バスケットコートに入って
練習が出来ることはほぼなくて、

体育館の舞台の上で
上級生たちに向けて声出しをするか、
基礎練習ばかりしていました。


二年生になったら、
少しずつコートに入って
練習できる時間が出来ましたが、
試合に出られるチャンスは
ほぼありませんでした。

小学校の頃に
スタメンで活躍していた自分が、
中学ではまったく通用しなかったのです。

「これが実力の差か・・・・」



強豪校の厳しい部活動のルールや
上下関係も我慢して乗り越えましたが、
試合に出られるかどうかは
どうしても実力が必要でした。



中学三年生になって、
ついにユニフォームがもらえました。



最上級生になっても
ユニフォームすらもらえずに、
公式戦のベンチに座れない子もいたので
頑張らなくちゃと気合いが入りました。


私が出られる試合といえば
ダブルスコアで点差が開いて、
すでに勝敗が決まっている試合でしたが、
それでも嬉しかったです。



なんとかここで
監督に良いところを見せなくちゃ、

とコートでは終始、気が張っていました。

しかし、
緊張のあまり思うようなプレーが出来ず、
数少ないチャンスを逃していました。



最終的に、私の中学は全国大会に出場し、
歴代最高の結果を残しましたが、

私はベンチメンバーだったので
悔しい思いをして
中学バスケを終えました。



引退の時、一番悔しかったのは、
母の期待に応えられなかったことです。


毎朝の朝練の送り迎え、
休日の練習試合の準備や応援など、
私が少しでも試合に出られるようにと
全力で応援をしてくれていたのに、

その母の期待に
私はまったく応えられませんでした。

くそ、くそ、クソオオオオオオオオオ!


何のためにこの学校に入ったんだ。



悔しくて、情けなくて、
心の中でずっと叫んでいました。


この経験から劣等感を感じるようになり、
親や周りから認められる存在でありたい
と強く思うようになりました。


で、高校は自分が活躍できそうな学校から
スポーツ推薦をもらったので、
そこに入りました。



絶対にインターハイに行くぞ!
と気合いを入れて
毎日頑張っていましたが、


予選で思いもよらないところで敗退し、
むなしく私のバスケ人生は
幕を閉じました。



「あー、まただ。
また結果を残せられなかった。」



不完全燃焼だったバスケ人生のおかげで、
私の承認欲求はさらにさらに
大きくなっていきました。



結果を出して、認められたい!


なので、大学は推薦の枠を使って、
名の知れた私立大学に入りました。




しかし、
ここではまた衝撃的な現実を味わいます。



・・・・・・・・

女子がめっちゃ女子っぽい!!!!!!

ひらひらスカート?
化粧ばっちりの髪の毛ゆるふわスタイル。

きゃぴきゃぴ感やばない?
ワンチャンとは?



なにこれ、無理。

バスケを10年以上やってきた私にとって、
このキラキラオーラ全開の女子たちがいる
私立大の環境にかなり抵抗がありました。

引退してから私の筋肉は
すべて脂肪に変わり、
キラキラ女子に比べると
私はただのデブでしたw



そんな子たちと会話が合うわけもなく、
入学当初は周りの子たちに
合わせるのが精一杯で、
完全に大学デビューに失敗しました。

それから、サークルやゼミ活動を通して、
だんだんと自分という存在を出していけるようになりました。



そして、就職活動の時期になり、
あの時のバスケ人生によって作られた
「周りから認められる存在でいたい」
という想いがまた湧き出していました。



ゼミで憧れていたかっこいい女性の先輩が
リクルートに入社したことをきっかけに、

「私もリクルートに入れば
 親も喜んでくれる!!!!

 リクルートといったら
 キャリアウーマンを象徴する会社だ。」


といった安易な考えのもと、
リクルート系列のほぼすべての会社に
エントリーをしました。



で、勉強が出来なかったので
リクルートの第一関門であるSPIに
ほぼすべて落ちましたが、

最終的に、人材事業をする
リクルート系列の会社に内定をもらいました。



辞めたくても辞められない葛藤

よく事務作業してた汚い神田川が見えるカフェ



リクルート系列の会社に入社して、
キャリアウーマンの道を
目指すことになった私でしたが、


はじめに述べたような
人に振り回される毎日を送り、

理想と現実に
大きなギャップを感じました。


「ここにいたらヤバイ」


これは入社して二ヶ月もしないうちに
感じました。その理由は・・・・・



体育会系の性格が裏目に出て、
社内で一番に理不尽で怖い上司のもとに
配属が決まったからです。笑

営業数字が取れない日は
オフィスに戻るのが本当に怖くて、
社内では機嫌のわるい上司を横目に
ビクビクしながら働いていました。


これだと仕事で相談したいことがあっても
すぐに相談できません。


新人ならそう思うはずです。


上司の機嫌を伺って仕事をする
上司の機嫌を伺って帰宅する


会社で働くってなんだ?
誰のために働いているんだろ。


あー、会社辞めたい。

入社して半年後には
こう思うようになりました。




しかし、そうは思っても、
すぐに辞められないのが現実です。

「3年は働かないとダメ」
という世の中の風潮に
私はまんまと流されていました。


1年目は覚えることが多かったので
辛いながらも刺激的だった仕事は、

2年目になると営業数字の目標だけが
高く変わっていました。

成長している感がまったくなくて、
「私はこのままでいいのか?」
とずっと迷いながら働いていました。



3年目からはチームリーダーを任され、
ますます会社を辞めづらくなりました。



仕事は相変わらず一日中忙しく働いて、
家に帰っても化粧を落とす気力がなく
そのまま寝てしまう日もよくありました。


肌もボロボロになるし、
寝不足のせいで
髪もパサパサになりました。号泣

毎日PCと営業資料がどっさり入った
10キロぐらいの営業カバンを
一日中持ち歩いていたので、

肩も壊れました。



ふとした時に
肩を回すとゴリゴリっと
これまで聞いたことがない音が
鳴るようになり、
女性らしさを失っていく日々。



ヒールでの外回りで
外反母趾もひどくなりました。


家に帰って玄関でヒールを脱ぐと
足の親指、小指、かかと
色んな部位が真っ赤になっていて
私の身体はさらに悲鳴をあげます。


「なんで。なんで私こんなに身体壊してまで頑張ってんの…。」

「ああああああああああああああ、もう!!!!!!!!!」



自分の身体なのに
自分の身体じゃないみたい。



こんな悲しい思いをしても
次の日には、ばんそうこうを貼って
会社に向かい、ヒールを履いた私の足は
また悲鳴をあげていました。



キラッキラの社会人どころか
ドロッドロの社会人生活を送っていました。



ゆっくりと自分の人生なんて
考える時間もなければ、
考えてもまた次の日がすぐやってくる。


そして、また朝早くに起きて
憂鬱な気分で満員電車に乗って出社して
忙しく仕事をする日常に引き戻される。



同僚と一緒に飲みに行けば、
あたりまえのように始まる
仕事の愚痴大会と疲労話。

で、飲んでカラオケに行って
ストレスを発散する始末。


結局、辞めたいと思っていても、
今ある環境に染まってしまうと、
動き出すことは出来ませんでした。


辞めたいけど、辞められない。


あー、去年も同じこと思ってたじゃん。
私なんも変わってないな。


この葛藤がどんどん自分を苦しめ、
仕事の辛さからうつ寸前の状態でした。

一方で、逃げも生まれてきます。



仕事を辞めて将来を考え直したり、
転職をしたりするよりも、
今の環境を変えない方が楽なのかも。



自分の知らない場所に行って
新しいことに挑戦するよりも、

今のままの方が
居心地が良いんじゃないか?



と、将来の希望がまるで見えなくて、
現状を抜け出せずにいました。



大好きだった愛犬の死



変わらず仕事のストレスを
我慢して働いていた時、
15年間可愛がっていた愛犬が死にました。

私は小さい頃からずっと犬が飼いたくて、
小学4年の頃に
ちゃんと自分で世話をすることを
親に約束して買ってもらいました。


それから私が社会人になるまでは、
毎日散歩に行ったりして、
めちゃくちゃ可愛がっていました。



私が社会人になって忙しくなってからは、
散歩に行ってあげる時間がなくなり、
愛犬は年齢とともに
体調が悪くなっていきました。


白内障を患い、
亡くなる前の半年くらいは
まずい薬を服用しながらも
懸命に生きていました。



すっかり元気がなくなってしまっても、
私が寄り添うと微かにしっぽを動かしてくれていました。




梅雨のある日、
朝起きたら愛犬がからだを横に倒して
亡くなっていました。



平日の朝だったので、
泣きたい気持ちをこらえて
私は仕事に向かいました。


電車の中で、愛犬が亡くなる前日のことを
思い返していました。



愛犬が亡くなる前日の夜、
私は同僚と飲みに行っていて、
また愚痴などを話していました。

で、家に帰宅したのは夜中の1時ごろで、
元気のない愛犬を見に行こうと
庭に向かいました。



そしたら、愛犬は
私を待っていたかのように起きていて、
私が「おやすみ」を言った次の日に
天国に逝きました。



これを会社の最寄駅に着く頃に思い出し、
こらえていた涙が
ボロボロと出てきました。


愛犬は自分が死ぬ前に
私に何かを伝えたかったのかも。


私は会社の最寄駅の洗面所に駆け込み、
声を出さないように我慢して
思いっきり泣きました。


あー、こんな泣くほど辛い日に
好きでもない仕事やって私は何してんだ。


大好きな愛犬との時間を削ってまで、
やりたいことがこれだったの?



これがもし親だったら?



将来的に親が同じ状況になった時、
私はまた同じ後悔をするのか?




私の人生、本当にこのままでいいのか?




大好きだった愛犬の死をきっかけに、
私は「人生」というものを
真剣に考え始めました。

よく考えたら自分だって
明日元気に生きている保障なんてない。


大切な人を亡くす前に、
自分が交通事故に遭って
死ぬかもしれない。

中途半端に事故って、
一生歩けない体になるかもしれない。



これが自分の本当にやりたいこと?

明日もし死んでもこれが後悔しない生き方?


そう考えているうちに、

こんなんじゃ死ぬに死にきれない!!!!

と思いました。


自分が死ぬ直前を思い返した時に、

今日も上司にヘコヘコ謝罪して
人に振り回されまくって
疲れた顔して電車に乗って帰って
その帰り道で事故に遭って死んだ。

なんてなったら後悔しかない。



あああああー!!!!!!!
もっとこれやっておけば良かった。
この時こうしていれば良かった。


と悔いしか残らない人生なんて御免だ。




自分のやりたいことをやる人生にする!



自分の力でお金を稼いで、
私の人生は私でコントロールするんだ!




この大好きだった愛犬の死をきっかけに、
3年目の冬に上司に辞めることを伝え、
3年半働いた会社を退職しました。



年収20億円を目指す男との出会い



退職を決意したものの
特にアテもなかった私は、

仲が良かった同期に
「海外が好きなら留学に行ってみれば?」
と言われ、留学に興味を持ちました。



自分で海外留学について調べたり、
留学経験者の友人たちに話を聞いた後、

「これだ。
 視野を広げるために海外に出よう。」

と即決して、
退職した1ヶ月後にはカナダに飛びました。



語学学校に行って英語を勉強して、
世界各国の友達が出来始めた頃、

なんか始めるかーとふと思い
ネットを見ていたら、
ある男のブログが目に留まりました。



その男は、
世界を旅しながら月収数百万を稼ぎ、

「人生なんて余裕で変えられる」

と言っていました。



その男は、ふと海外に行きたくなったら
アラスカにオーロラを見に行っていたり、

南の島で泳ぎたくなったら
次の日には沖縄に行って遊んだりと、


とにかく人生をむっちゃくちゃ
楽しみまくっている男でした。



けど、正直その男をはじめて見た時は、


な、なんだこれは・・・・
ちょーうさんくさい。

はいはい、よくある怪しいやつね。


としか思いませんでした。


しかし、
それとは裏腹にブログの内容は、
かなり本質を捉えた発信をしていて、
私には到底ない思考力を
その男はもっていました。



「もしかしたら本当に凄い人かも」


そう思い、その男が発信する情報を
チェックしていました。


それからある日、
その男と会えるチャンスがやってきました。


「懇親会をやります。審査制です。」
という情報を見つけました。



会ってみたいけど、
怪しい人だったらどうしよう。
なんかお金とられたら怖いし・・・・。


そう思って、
はじめは止めておこうと思いました。



けど、当日は、
その男の教え子も来ることが分かり、
教え子はどんな人なんだ?
と内容を見てみました。

すると、
なんとその男の教え子は私と同い年で、
半年で月収120万を稼いでいるらしい。


その男からみっちりと
ビジネスを学んだことによって、

ネットにとどまることなく
無名のYouTuberを人気者にさせたり、
中小企業のコンサルをしまくっていた。



その男も、
教え子も、
どんな人なんだあああああ?



気になる・・・・。

会ってみたい・・・・。


もし怪しい雰囲気感じたら
ダッシュして逃げればいっか。

よし、会いに行くぞおおおおお!!!!!!

迷いまくった末に、
私は審査制の懇親会の案内に、
熱い長文メールを書いて
参加したい旨を伝えました。



恥を捨て、プライドも捨てて、
なんとしてでも会いたいことを
綴ったメールを送りました。



そしたら返信がピコン!ときて、
「じゃあ会いましょう」と返信をもらい
その謎の男に会うことになりました。



ビビりながらも会いに行った結果、

この男との出会いをきっかけに
私の人生は大きく変わり、
ビジネスの世界に

どんどん入って行きました。


彼の話はぶっとんでいました。



・自動で300万売れるサービスを作った話

・フランチャイズの脱毛サロンを半年で0→20店舗にした話

・潰れかけの美容サロンを1ヶ月で売上7倍にした話

・彼の尊敬する年収60億を叩き出す人の話



意味不明なくらいぶっとんだ話ばかりで、
明らかに異次元の人でした。



こ、こ、この男はとんでもねーぞ。
こんな人は見たことがない・・・。



これはチャンスでしかない!




そう思い私は覚悟を決めて、

「私にビジネスを教えてください」

と頭を下げてお願いをしました。


プライドなんてクソくらえです。



本気でこの人からビジネスを学んで
自分の力で稼げるようになる!!!

絶対に絶対に人生を変えてやる!


そして私はカナダ留学で底をついていた
全財産をすべてその男に渡し、
弟子入りしてビジネスを始めました。



ビジネスを始めて見えた世界|1ヶ月目で5万円?!!!



それから私は彼の言うとおりに
すぐにブログを開設して、
アフィリエイトを始めました。

素直に指示されたことをやり、
コツコツとサイトの設計をしていったら
1ヶ月目に5万円の収益が出ました。




これには超感動しました。



え?本当!???まぢで?
私にも出来た!!!!!!!!



と20代後半の良い大人が
部屋で一人でガッツポーズをして
喜びまくりました。


2ヶ月後も同じように
自動で収益が生まれ、
今では会社で働かなくても
生活できるようになりました。



成功者から学ぶことがいかに重要か

ということを
身を持って感じました。

お金持ちの人とそうじゃない人の
価値観はまるでちがいます。



唯一、変わらないのは時間です。



時間を何に費やすかで、
半年後の自分のステージが変わります。



一ヶ月でも本気になれば、
まったく別人に生まれ変わります。


知識も増え、思考もどんどん鍛えられて、
見える世界が変わるので、
勉強していな人と差がつくのは当然です。


私が彼から学んだ最大の武器は、
「収益の仕組み化」です。

「仕組みを作らなと一生労働地獄だ」

彼はこれを口癖のように言っていました。


今だからこそあたりまえに分かりますが、
当時は「仕組み?何それ」
と思っていました。



けど、日々勉強をして
この仕組みを作ったおかげで、

多くのブログをやっている人が
陥ってしまう集客命病にならず、

記事もほとんど更新することなく、
この次元に行けてしまいました。



パソコン一台あれば
完全に一人で完結できるし、
時間にも場所にも
コントロールされなくなりました。

昔はあれだけ
人にコントロールされていた私でしたが、

今では自分が関わりたい人とだけ関わり、
人の役に立つ面白いコンテンツを作り、
人生を本気で楽しむことしかやらなくなりました。




海外旅行に行って絶景を見たり、

ホースシューベンド@ラスベガス


リッツカールトンの
ホテル&バーを利用したり、

ザ・リッツ・カールトン@香港


118階 OZONE BAR



六本木の会員制バーで
美味しいお酒とごはんを堪能したり、

十勝牛ヒレとフォアグラの燻製(食器はエルメス)




ビジネスを勉強してから
私の見える世界は
とんでもなく変わりました。



もし、あの時、
辛い仕事を我慢したまま
一歩を踏み出していなかったら。


そう思うと、恐怖でしかありません。

5年後も、10年後もまた同じように、
自分の人生に悩んでいたと思います。



このブログのコンセプトと知っておいてほしいこと



はじめに述べたように、
このブログのコンセプトは、


「自分の人生に妥協せずに、自分と周りの人生の充実度を上げること」です。




そして、
もう一つ知っておいてほしいことは、

自分が思っているより簡単に、
人生は誰にだって逆転出来るということ。



昔の私がもっと早くこれを知っていたら、
迷いなく即行動していたと断言します。



あの時見えていた世界と、
今見えている世界とでは
雲泥の差があります。

それはいくら未来のことを
知識がない状態の頭で考えたところで、
良い方法が生み出せるわけがないからです。



むしろ、
起きてもいない不安や恐怖にビビッて、
チャンスを逃すことだってあります。


昔は、
どうしたら自分の力で稼げるんだろ?
自動収益なんて無理に決まっている。

けど、どうやって?


と思っていましたが、



今ではビジネスの原理原則を
一から学んだことによって、
あたりまえに稼ぎ方が分かるし、


仕組みを一度作って強化していけば、
月収100万くらいまでは
普通にいけることが見えています。




けど、やり方が分からないうちは
どうすれば良いか?というと、



環境を変えるのが一番早いです。


英語が話せるようになりたければ
英語圏の国に行って
勉強すれば上達するように、


自分でお金を稼げるようになりたければ、
ビジネスの世界に飛び込むのが
一番早いです。



自分が目指す場所に身を置くことにより、
あたりまえの基準値が変わり、
流れてくる情報も変わっていきます。



適切な場所に身を置いて
今まで出会わなかった人と出会い、
正しい情報を取りに行けば、
人生は思ったより簡単に変わります。




それなのに世の中は、
まちがった情報であふれています。



親や上司、学校の先生、周りの大人は、

とりあえず大学に行きなさい
大手に入りなさい
3年働きなさい


といった無責任なことを言います。



そして新しいことに
チャレンジしようとすると、


大丈夫?やめた方が良いよ。
失敗したらどうするの?


といったように、
はじめから「出来やしないよ」
と決めつけてきます。



こういった人たちは、
もし自分が彼らの言うことを聞いて
失敗したとしても
一切の責任を取りません。



自分の人生なのに、
誰のために生きているのか?



他人に批判されたとしても、
圧倒的な実力をつけて
黙らせれば良いんです。

勉強して知識をつけていけば、
必ず実力がつき、結果が出ます。




今はYouTubeなどで
いくらでも勉強できます。

ネットで好きなだけ
本を読むこともできます。



私のメルマガでも
ネットビジネスの収益化や
ビジネスに役立つ情報を
配信していきます。

億超えの成功者から
教えてもらった成功法則や

自動収益を作れる仕組み
についても話しています。



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人生を変えたい人は
利用してみてください。

もし興味がなくなったら
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現状を変えたいと思っている人
新しいことにチャレンジしてみたい
ビジネスについてちょっと知ってみたい

と思っている人にとっては、
良い刺激になるはずです。




自分のための人生なんだから、

自分の人生に妥協せずに
人生の充実度を上げていきましょう!




長い文章を読んでいただき、
ありがとうございました!


またメルマガでお会いしましょう。

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